読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

全方位ヤマトユキ文書政策

完全自主製作【現実×空虚⇒咀嚼+昇華⇒文書】

超個人的小説構築法・ヤマトユキの変

 執筆期間、丁度1週間。

それで小説『去勢』が仕上がってしまいました。

過去に書いた作品を加筆訂正したのですが、結局全面的に改稿。

全く別の表情を見せ、それは終わりました。

「終わらせた」のではなくて、「終わった」のです。

私にとって、小説とはそう言う力を持っています。

自分が書く反面、対象自体が自らを引っ張っていくと言う。

 

障害者文学を舐めんな

それなりに、考える事は私にもあります。

思考しなければ言葉は出て来ない。

因って、小説も書けないのです。

 

私は日常的に大量服薬し、頭が壊れていた過去があります。

医師に

「あなたはおかしかったねえ」

と評価を頂く程に。

しかし現在は違います。

薬は最小量、頭は色々な意味で切れるのです。

他者からはこう言われます。

「頭が回り過ぎて、空回りを起こしている」

 

村上龍はこう言った内容を書いています。

「突出している者は何かが欠けている場合が多い」

(『愛と幻想のファシズム』)

 

私には足りない部分が多いです。

コミュニケーションは稚拙、場の空気は読めない、咄嗟の反応が苦手。

けれども、紙とペン、パソコンがあれば違います。

 

書き殴る文字は判読不可能なまでに汚い。

キーボードを叩く指は頭の回転に追い付かない。

 

私は、閃き型の人間だからです。

それを冷静に記録する技術が、文字。

 

生活にて、メモとペンを片手に話を聞けば、私は別人と化します。

相手の言う内容が、続々と頭に入って来る。

けれども、空で覚えようとしたら無理な話。

記憶力は良くありません。

 

「メモを取らずに話を聞け!」

この発言は私を貶めているのと同義です。

 

小説の設計書草案

では、本題。

自称、障害者文学家、ヤマトユキは如何に小説を記録するのか?

個人によって適合する方法は違うと思います。

 

けれども、小説を書きたくても方法が分からない方!

若しくは、「ヤマトユキの頭の中どうなっているんだ」と疑問の方!

「これも一つの方法だ」

と参考にして頂ければ幸いです。

 

降臨の瞬間

私はいつも、音楽から閃きを得ます。

それは歌詞だったり、曲調だったり、動画だったり。

個人の好きな対象から得たら良いのでは無いでしょうか?

私はそれがたまたま、音楽なのです。

 

アルバム1枚を通じた世界観。

1曲に込められたメッセージ。

どちらかを私は拾います。

その時々のテンションで、好きに選ぶのです。

『好き』と言うのが大事だと思います。

本当に好きでないと、書く作業は根気が続きませんから。

 

探索の期間

閃きはイメージへと、勝手に変化します。

そもそもこれら二語は、反応として繋がっているのです。

閃いたら、情景や空想が自然と広がって来ます。

 

それらを思いつくままに、記録。

このメモは自分の初期衝動として、私は必ず保存します。

何を契機に書いているのかを明確に持つ為に、後々必要だからです。

 

「あーつまんね、書くの止めよ」

閃きが多い分、私はそう行き着く事が多々あります。

しかしこの記録を残しておくと、『去勢』が如き例が誕生する。

駄目だと思ったものが、意外な形で蘇る事実を体験済みです。

 

メモは殴り書きです。

しかし判読可能な最低限度の文字で書くことを推奨します。

私はそれが出来なくて、困惑した例も多々あります。

 

問と答

書いたメモを見ながら、自問自答しましょう。

 

「何に自分の琴線が触れているのか?」

「自分は何が言いたいのか?」

「世に発したい事は?」

 

この3点を順に、私は問と答の形式で書きます。

自分の中のイメージを具体化していく感覚です。

「そんな大げさなこと言われても困るよ!」

と嘆かないで大丈夫。

ヒントは、前に殴り書いたメモにある筈ですから。

 

最後の言いたい事、それを小説の主軸に設定します。

 

題名のある小説祭

ここからの作業は、主軸が確固としていないと、揺らぎます。

 

題名を先に決める事が、私は多いです。

本文を書いている途中で路線が変わり、変える事もあります。

その時は大抵、最後まで作品を書き通せません。

主軸が強くないからです。

 

題名は、感覚で選んで良いと思います。

理由は後付けです。

論文と違い、小説は感性に訴えるものですから。

 

概要を書くに当たり

私は決めた題名を念頭に置いて、話を組み立てます。

「やっぱ無理!ここが出来ないんだよ!」

と嘆く事は厳禁です。

手元には強い味方が、既に作成されています。

 

初期衝動メモと、主軸、イメージ、題名。

 

メモとイメージから、話のトーンや文章のテンションが設定出来ます。

主軸と題名から、書き出しと要素、書き終わりも妄想可能です。

この段階では、妄想で良いと思います。

それを概要として、実相に転換させれば良い話ですから。

 

加工書こう描こう

概要は、本当に書きたい対象だった場合、直ぐ完成します。

逆に言うと、完成に上手く漕ぎ着けないのは、障害のある証拠。

 

「だから駄目なんだって!出来ないって言ってるじゃん!」

とは嘆かずに、前出の工程を辿り直してみては如何でしょうか?

解決すれば、自ずと考えは前に進む筈です。

 

私は概要を一気呵成に書き連ねます。

「一気呵成」で無いと、駄目です。

時間を分けて書くと、衝動とイメージが崩れる為に。

 

連ねた内容は、起承転結に分けます。

人間の考える話は基本的に、そう言う分類が可能です。

出来ない場合、それは話として成り立っていない可能性が高い。

逆説的に事実が分かります。

 

書く事は分ける事

起承転結に分けた概要。

それを纏まりとして分別。

これが自己流章分けの起源です。

 

章の名前は、個人の好みが反映されると考えます。

私は一つのプロトタイプを決め、それを展開させます。

 

  • ⇒『去勢』の例:
  • 序章
  • 第一の章 遭遇
  • 第二の章 生活
  • 第三の章 代替
  • 第四の章 選択
  • 第五の章 唯一
  • 第六の章 既存
  • 第七の章 共鳴
  • 終章

 

法則性を見出された方がいらっしゃるでしょう。

自分の好みは、遊び心にも繋がるのでは?

私は完全に、見た目の固執心から来ていますが。

 

章名を決めるに当たって注意しているのは、

「話の内容が透けない」

事です。

寧ろ、

「何これ?」

と思わせた者勝ちだと思います。

読者を牽引する力が備わる筈です。

 

もう小説を書くに当たり、欠片は揃いました。

章の順を追って、内容を盛り込んでいくだけです。

それを文章化すれば、進みます。

個人の感性に委ねられる部分です。

ここは、私がとやかく言える部分ではありません。

 

 

結局言いたいのは

書き殴りで振り返りもせず、自分の執筆建設法を綴りました。

殴り過ぎた為、執筆中のアプリケーションが固まる事件が発生。

保存していたのは途中まで。

書き直すのが正直、めんどくてムカつきます。

ファイルの自動保存機能は必須ツールです。

もっと性能の良いパソコンが欲しいと切望します。

 

そう、私は

「ふざけんな!」

「ぶっ殺す!」

「冗談じゃねえ!」

を常に抱えます。

発散しないと、心が潰れそうです。

自己表現の源泉を、アプリの動作停止に見出しました。

 

初期衝動を私は大切にします。

 

書く=衝動の表現

 

だと思うからです。

 

源泉はルーツとなり、自分のジャンルを確立するのでは?

甘い夢物語は、書かないし、書けません。

 

自分が社会に言いたいのは、私の怒りなのです。

取り敢えず、今後もパソコンにそれをぶつけます。

壊れない程度に。

広告を非表示にする